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「The Circle/ひとめぐり」作品概要

 

 

 動物園には人間と動物の世界が存在します。その二つを隔てているのは、「人間」と「それ以外の生き物」といった生物学的認識のほかに、檻や柵、あるいは強化ガラスなどの物理的な仕切りです。特にその後者なくして動物園は機能しません。だってそれがなくなったら鳥は飛んでいってしまうし、ライオンやトラには私たち食べられてしまいますから。

 そもそも私は小さい頃から動物園が苦手でした。本来の場所とは違う狭い檻の中で暮らす動物たちに不憫さのようなものを感じていたのだと思います。だから大人になってから動物園に行った経験は二、三度あるかないかです(*1)。

 でもそれが2011年のパンダ再来園(*2)をきっかけに頻繁に動物園を訪れるようになります。その理由として以前のような狭い場所での標本的な展示とはずいぶん動物園が変わっていたということがあげられます。そしてなにより私自身が大人になったということでしょうか。

 ただその時、上野動物園は同じくパンダを観に来た人たちでとても混雑していて結局三時間列んでも見ることができれず(*3)、そのかわりに私の目をひいたのはパンダ舎からほど近いサル山でした。そこでサルたちは町の左官屋さんが作ったみたいなセメントの小山で人間模様ならぬサル模様を繰り広げていて、私はそこからしばらく動けなくなってしまいました。

 それがきっかけとなって(*4)、まるでそれまでの時間を埋めるかのように以降さまざまな動物園に足を運ぶことになります。私自身もともとが動物好きですから、天気のいい秋の日などは朝から晩まで園内をぶらついて過ごし(*5)、そこで新しく動物の生態なんかをガラスの向こうに垣間見たりすると、どことなく心が嬉しくなったりする。

 しかしそんなかもうひとつ私を魅了したのが、その動物たちを見にやってくる人間たちでした。

 

 ​例えばこんなことがありました。それはオカピを見ていた時のことです。オカピは最近キリンの仲間ということになりましたが、細まかく見ていくといろいろな動物の要素が混じっていて見ていて飽きることがありません。そこに一組の家族がやってきました。とにかく静かな家族でお父さんとお母さんと二人の娘はひたすら無言でオカピに見入っていました。時おり小声で耳打する程度で、ほとんど彼らの会話は私のところには聞こえてきません。いったいどんな家族なんだろうとちょっとだけ近づいてみると、お父さんが娘たちに話かける声が聞こえてきました。「ほらパリパリバーみだいでしょ」。「パリパリバー」といえば皆さんもご存知のとおり森永のアイスです。オカピの脚の部分を凝視しながら思わず感心してしまいました。そう、要はその家族がなんでみな静かだったのかといえば、おそらくですが訛りを気にしてのことだったんじゃないかと思うんですね。

 またある時はマレーバクの柵の前でその白黒の配置について観察していました。私の前にいるのは小さな女の子を連れたおじいさんです。女の子がつい今しがた通ってきたトンネルを指して「あれ、なあに?」とおじいさにたずねました。見ればミスト状の白い霧がトンネルの入り口に漂っています。園内にはそうしたところが各所にあって、さわやかな香りもして暑さ対策にはずいぶんと効果的です。そこでおじいさんは孫になんて言ったかというと、「消毒」と返した。まあ、確かにおじいさんはなかなかの高齢のおじいさんではあったのだけれども、結構そういう会話というのはボディーブロー状態でジワジワくるんですよね。

 ひとりで暮らしているからかもしれませんが普段はあまり馴染みのない人たちだったりすると余計で、その会話や動向に耳や目は釘ずけになってしまいます。家族連れ、カップル、遠足の幼稚園児たち、あるいはスキンヘッドのおじさん二人ずれとか、さまざまな人々が私の前を横切って行き、そしてそんな彼らの会話を聞いたりその仕草を見るにつけ、これまた動物の生態を発見したときのように心がふわっと浮きだってくる(もちろんその逆もあります)。

 つまり檻の向こう側の動物を観察しながら、檻のこちら側の人間たちが気になって仕方がないという状況、そこで私の立ち位置はおのずと一番後ろになります。遠景に動物、中景に柵やガラス、そして近景に我が同胞である人間という構図。そこではガラスや檻を介して異なる次元の二つの世界が同時に展開され、そしてその一枚の写真の中には二つの世界を行き来する私の視線がある。

 

 普段はポートレートを主な仕事としている私ですが、ポートレートはその人をもっと知りたいと思って撮ることです。だからこの作品は動物園という場所における動物たちのポートレートであるのとともに、私たち人間のポートレートであると言い換えることができるかもしれません(*6)。

 

 タイトルとテーマについて

タイトルは二つの違う意味合いを含んでいます。サマセット・モーム(*7)という作家の「The Circle(ひとめぐり)」という戯曲があり、そこに由来するものです。「平明な文体と物語り展開の妙で、最良の意味での通俗作家として名を成した(wiki)」作家ですが、その「The Circle(ひとめぐり)」という戯曲の内容は、夫の友人と駆け落ちした妻が、息子の婚約を祝いに駆け落ち相手と共に家に一時的に戻ってくる。しかし今度は息子の婚約者が息子の友人と駆け落ちするといういわゆるメロドラマです。

 雑多な人間の営みの移り変わり、そして時は巡り巡って過ぎていく...、モームの作品にはいつもそんなテーマがあるように思います。つまり「The Circle ひとめぐり」というモームの戯曲のタイトルと同じにすることで自分の作品にそれをテーマとして含意したかった。

 そしてもうひとつですが、そもそもそも「circle」を直訳すると、円、環、輪、〜界、流転、丸いもの、一周する、大学などのサークルなどです。地球は様々な循環を繰り返して成り立つひとつの丸い生命体です。そして私たち人間と動物たちは種は違うけれど同じ生き物としてそこに暮らし、生き死にを繰り返している。そういう少し俯瞰的な視線での意味合いも一方で含んでいます。

 どうして写真集にしたいか

 ネットを見れば動物園の写真は山ほどあります。それなのになぜわざわざ写真集という形態にこだわるのかといえば、やはり断片的な画像ではなく一冊のまとまった物語として見てほしいというのが一番にあります。そしてそれを実際の物として手に持ってほしい。もちろん写真集はただの物といえばそれまでです。そしてやはりネットで見たのと同じようにその場の温度や湿度、あるいは動物園の醍醐味である匂いは伝わってはきません。しかしそのかわり物としての要素が新しく生まれます。例えば小さかったころに母や誰かと一緒にめくった絵本、その紙の匂いとか手触りを覚えていませんか? その時にこぼしたジュースのシミとか、あるいは友達に貸した漫画が破れて帰ってきた時の口惜しい気持ちとか...。結果的には一冊の写真集として損傷、劣化、腐蝕、ひいては消滅という物であるがゆえの避けがたい運命をたどるのは必至です。しかしこの写真集が物としていつか朽ち果てたとしても、それは目には見えませんが新たな感覚や思い出となって人々の心のどこかにとどまり続けるのではないでしょうか。

 最後に檻や柵ついて

 動物園に行きはじめて最初に感じたことは、動物によっては自然の本来の環境でなくてもその場の環境に順応している動物たちも多くいるということでした。あくまで私の感想ですが、サルとかプレリードックなどのように狭い環境のなかでもそこそこうまくやっているように見えます。私の小さかった頃と比べると様々な面でずいぶんと改善されているように感じまた。もちろん大型の動物にとっては、今も昔もきびしい環境であることはいうまでもありません。どうしても動物によって違いが出てくるのは仕方のないことでしょう(こういう言い方は決して好きではありませんが)。なぜならそもそも動物園は人間が唯一人間のために造ったものだからです。だからライオンの前であっても私たちは平然としてられるんですね(*8)。とりもなおさずその境目の両側は決して平等ではなく圧倒的な力の不均衡が存在しているのです。 

 けっきょく私は檻やガラスがなくなればいいと言っているのではありません。本物の自然の環境でも見えないだけで、きちんと境界は存在します。でもこの地球上に暮らす同じ生物であることには変わりがない。これら私の写真が、そうした境目の意味を少しでも考えてもらえる契機になればいいように思います。

 

 

 制作期間は2011年から2016年。

 


 

*1)以前に「パンダちゃん」「コパンダちゃん」というパンダの写真集を出版しているが、ただその舞台は中国四川省の山の中にあるパンダ保護センターであり、その自然に近い環境でパンダたちはのびのびと暮らしている。そうした意味でストレスフリーで取り組める仕事だった。

*2)上野に贈られたきた二頭のパンダは、いずれも「コパンダちゃん」のなかで撮影したパンダであった。

*3)目的の我がアイドルに会えたのは結局三ヶ月後だった。その後も約半年近く上野動物園はずーとパンダを観に来た人々で溢れていたことになるからすごい。

*4)きっかけといったらもちろんパンダだが、でも本当の直接的なきっかけとなったのはサル山である。まあどちらでもいいか...

*5)ようするに暇。

*6)ポートレートといっても、写真の多くは人間側がぼけていることが多く、その理由として最初は肖像権を気にしてのことで必ずしも意図したものではなかった。ただ、ぼけていたりぶれていたり後ろ姿だったり、シルエットが大雑把なほうが細部にとらわれないでその人の状況が分かりやすくなるのも本当。それに分かりにくくても、見る側がそれを補ってくれる。

*7)代表作は「月と六ペンス」「人間の絆」など。

*8)たとえば、かぶってジッパーを閉めれば自分もマジでライオンになれるライオンスーツが開発されるとか、あるいはこの先ライオンがどんどん猫みたいに可愛くなって退化(進化?)するとか、それだったら(少なくともライオンとの)境目は無くなる? ないか...


 

余談)名前の「菅野ぱんだ」は、パンダが好きだからという単純な理由に由来するものだが、そこに写真のモノクロという意味も込めたつもりだった。しかし写真とは白と黒だけではなくグレーの領域もあるわけで、そのあたりがちょっと早とちりだったかなあとひそかに反省する今日この頃。

 

 

「 Planet Fukushima」作品概要

 

 

 福島県伊達市霊山町は私の生まれ育った町です。宮城県との県境に位置するその町には今でも父母が暮らしています。伊達市は福島第一原子力発電所から北西に50キロほどのところに位置し、2011年の震災後、ホットスポットと呼ばれる高放射線量の地点がところどころ観測され、当時、実家からわずか数キロ離れたいくつかの地区では、立ち入り禁止区域にはなならないまでも多くの人々が自主避難を余儀なくされました。

 当初私はこうした福島の写真を撮るつもりはありませんでした。それは報道写真家でもない自分にいったい何ができるのかという諦めと、そしてなにより自分の生まれ育った場所に(というか生まれ育った場所だからこそ)安易にカメラを向けたくない、という故郷に対するささやかな義理立てのようなものだったと思います。

 しかしそんなある日、復旧して間もない阿武隈急行という在来線に乗って実家に戻っていたときのことです。外は雨が上がったばかりで濡れた緑が陽光に輝きながら車窓を流れていきます。私の目の前には長靴をはいたおじいさんが手すりにつかまって降車待ちをしていました。ツルツルの頭にわずかに残された白髪が、弱々しく光をたたえて扇風機の風に揺らいでいます。

 その時不意に込み上げるものがありました。その白髪越しに流れる阿武隈の山並みを見て、今は亡き祖父の切り開いた山林が思い出されました。清々しい香りただようしんと静まり返ったあの杉林や竹林は、もう二度と元にもどることはないのだと思うと、胸が苦しくて仕方ありませんでした。

 幸運にもというべきか、祖父は震災を経験することなく15年ほど前に亡くなりなした。はたして祖父はこの災害を想像したでしょうか? 我慢強い口数の少ない東北人としてこの小さな村に生まれ、そこで理不尽な境遇や不測の事故を経験することなく先祖代々受け継いだ土地をただ黙々と耕し人生を全うした祖父でした。戦後、大規模なエネルギー革命とともに町や村が近代化していき、おそらくガスや電気が村に普及したことを嬉しく感じたことでしょう。小児麻痺を患い片足が不便だったから、デコボコの山道に分け入る四輪駆動車を頼もしく思ったに違いありません。そしていよいよ成長した杉の木を切り出す時の軽快なチェーンソーの響きをどれほどの思いで聞いたことでしょう。

 しかしその山はいま人が立ち入らなくなるとともに鬱蒼とした荒れ山となってしまいました。遠くから一見しただけでは何も変わらないけれど、山道は雑草に覆われ、木々には蔦が絡まり、害虫が大量発生し、熊や猪が縦横無尽に徘徊する。祖父だけではないいったい他の誰がこうなることを予想できたでしょう。もし祖父(やすでにこの世にはいないこの土地の人々)が、この目の前の山々や町の風景を見たらどう思うでしょうか? そしてそれは時を超えて自分が死んださらに後のことも考えないではいられません。 

 人物越しの写真が多いのは、こうした意味合いを含んでいます。

 

 テーマおよびコンセプトについて

 テーマについては、コンセプトである写真の構図について説明するのが分かりやすいので、そこから始めるようにします。もともとこの作品は「 The Circle/ひとめぐり」を撮りはじめるのとほとんど同時期でした。     

だから構図としては非常にリンクするものがあります。動物園の作品の多くは檻やガラスの仕切りを隔て向こう側に動物の世界、こちら側に人間の世界の三つの構成(仕切りも入れて)で、一枚の写真にそれらが収まっています。この福島の場合は向こうに風景があり、こちら側に人間がいる。そこで動物園でのガラスや柵に匹敵するのが、目に見えない放射能ということになります。一枚の写真のなかには三つの違う次元が存在している。かつては同じ空間にすべて一緒に存在していた風景も人間も、あの事故をきっかけに今では目には見えない異物によって遮られている。そしてその異物はこの先もずっと私たちの前に居座りつづける。これがテーマになります。


 

 2011年の震災以降、生まれ故郷である福島を撮りつづけてきました。

震災から5年の月日が経つ今年になってようやく、自分が福島を撮る意味を見出したように思います。

現在も福島と東京を往復しながら撮影をつづけている最中です。

 ここにある写真は今年一月までのものになります。

 

「パンダちゃん」2005年 リトルモア

 

動物園は苦手だがパンダは大好きというジレンマを抱え、ならいっそのこと本場中国に行ってしまえと、四川省のパンダ保護センターを訪れた時の作品集である。木の上からコパンダが撮影中だった作者めがけてジャンプしてきて、しばらく オンブ状態で首や頭をガシガシと噛まれた経験は、なんと作者の人生ベスト5に入るという。ちょっと痛かったけど、毎日毎日ひたすらパンダを見て過ごして、ほんとにほんとに幸せな日々だったなあと当時を回想する作者。

 

「コパンダちゃん」2006年 リトルモア

「パンダちゃん」の第二弾。チビパンダにフォーカスした作品集。

 

「南米旅行」 2004年  リトルモア

 

ペルーのリマをかわきりに、チリ、アルゼンチン、ブラジルと3ヶ月ほどかけてリオのカーニバル目指して旅した時のもの。作者にとって初めての長期の旅で、日記のようなものを後書きにしているが、今読み返しても当時の情景がありありと思い浮かんでくる。明るい南国といった風景は視覚的には言うことないが、体感的にはコートを二、三枚羽織ったくらいのカラカラに乾燥した地域がいい、というのが旅を終えブラジルの空港から飛び立ったときの作者の切実な旅の実感である。

 

「1/41 同級生を巡る旅」2002年 情報センター出版局

ひとクラスしかない田舎の小学校で6年間を共に過ごした同級生40人。卒業してからすでに二十数年、全国に散らばる彼らを一人ひとり訪ね歩いた写文集。当時なにかと騒々しい日々の生活に精神が疲弊していたようで、会って話をして写真を撮って、そして別れるというその淡々とした行程なかで、作者はいつしか心の安寧を意識しはじめる。という、いうなれば巡礼や行脚的要素を含んだ作品集である。

 

「海、その愛......」1998年 リトルモア

 

水平線に憧れる山育ちの作者が、江ノ島海岸にふた夏ほど通って撮った作品集。でも水平線はものの5分くらいで満足してしまい、かわりに海水浴客でごった返す浜辺にレンズはシフト。どうも当時の作者には壮観な自然の美よりも雑多な人間界のほうが魅力だったようだ。