Planet Fukushima

 

 福島県伊達市霊山町は私の生まれ育った町です。宮城県との県境に位置するその町は福島第一原子力発電所から北西に50キロほどのところに位置し、震災当時、ホットスポットと呼ばれる高放射線量の地点が複数観測されました。実家からわずか数キロ離れたいくつかの地区では、立ち入り禁止区域にはなならないまでも多くの人々が自主避難を余儀なくされました。

 

 可視化できないという放射能の物質的特性のせいで、私は当初事態の深刻さをなかなか把握することができませんでした。そんなある日、復旧して間もない阿武隈急行という在来線で帰省していた時のことです。

 外は雨が上がったばかりで、濡れた新緑が陽光に輝きながらゴトンゴトンという長閑な振動と共に車窓を流れていきます。その手前では長靴をはいたおじいさんが手すりにつかまって降車待ちをしていました。ツルツル頭にわずかに残された白髪が、弱々しく光をたたえ扇風機の風に揺らいでいます。

 その時不意にこみ上げるものがあり、それは今は亡き祖父の姿と祖父が切開いた実家の山林がそこに重なったのでした。あの杉林や竹林はもう二度と元にもどることはないのだと思うと胸が苦しくて仕方なく、それはじいちゃん子だった私にとって妙な親身さをともなう喪失感とともに、いまだかつて感じたことのない極度の恐怖感とが同時に押し寄せた瞬間でもありました。そしてさらにその視覚体験は外界と分断された決して扉の開かない未来の電車を暗喩しているようにも思え、見慣れた景色がひどく違ったものに見えたことを憶えています。
 
 それ以来、私の視界には遠景、中景、近景という三つの層が形成されるようになりました。それは三つの違う次元といっていいかもしれません。たとえば近景に人間がいて遠景に風景、かつてそれらは同じ空間に一緒くたに存在していたはずなのに、あの事故をきっかけに今では放射能という異物によって遮られてしまっている。そしてその目に見えない中景はこの先もずっと私たちと風景の間に居座りつづけるのです。
 幸運にもというべきか、祖父は震災を経験することなく15年ほど前に亡くなりました。はたしてこの災害を祖父は想像できたでしょうか? 我慢強い口数の少ない東北人としてこの小さな村に生まれ、そこで理不尽な境遇や不測の事故を経験することなく先祖代々受け継いだ土地をただ黙々と耕し人生を全うした祖父でした。戦後、大規模なエネルギー革命とともに町や村が近代化していき、おそらくガスや電気が村に普及したことを嬉しく感じたことでしょう。小児麻痺を患い片足が不便だったから、デコボコの山道に分け入る四輪駆動車を頼もしく思ったに違いありません。そしていよいよ成長した杉の木を切り出す時の軽快なチェーンソーの響きをどれほどの思いで聞いたことでしょう。
 しかしその山はいま人が立ち入らなくなるとともに鬱蒼とした荒れ山となってしまいました。遠くから一見しただけでは何も変わらないけれど、山道は雑草に覆われ、木々には蔦が絡まり、害虫が大量発生し、熊や猪がこれまでの境界を越えて里まで下りてくる。祖父だけではないいったい他の誰がこうなることを予想できたでしょう。もし祖父(やすでにこの世にはいない土地の人々)が、この目の前の山々や町の景色を見たらどう思うでしょうか? そしてそれはさらに時を超えて自分が死んだ後のことも考えないではいられません。人物越しの写真が多いのは、ひとつにはこうした意味合いを含んでいます。
 
 そんな分断された空間を意識するかたわら、6年の歳月を経て最近あらたに気づいたことは、それは人によって時間の感覚が違うということでした。速かったり遅かったり、長かったり短かったり、切れ切れだったり、あるいは一挙に溯行して震災以前に戻っていたり…、つまり時間の流れが違うということは、あの震災の意味も人それぞれだということです。
 農家の人々、復興産業に携わる人々、仮設住宅に暮らす人々、子供たち、そしてその子供の親たち、また被害が可視化できる沿岸部と放射能の被害が大きい内陸部というように、その被害の種類や規模によっても人々の時間の感覚は異なったものになるでしょう。東京と福島の間を行き来している私の例でいえば、その二つの場所で感じる時の流れはまったく違います。
 むろんそれは福島以外のどの地域の人々にとっても時の概念、そして震災に対する思いは個々に違うのは当然のことです。でも現在の福島という空間において、その目に見えない中景という異物の存在が、人々の時に対する感覚に一種独特な影響を与えている気がしてなりません。 

 中景という異物に分断された遠景と近景、そしてその福島といういう空間がいま以って世界の一部として存在しつづけるための一刻一刻の累積である時間。そんなことを意識しながら写真を撮っていたら、急に俯瞰で福島を見たくなり、さらにもっともっと遠くから青い地球を見たくなりました。